全国基準の読み方

目次

読み方の方針

国際工業規格 DAISY 2.02 に準拠する録音図書、いわゆる「音声デイジー図書」の制作にあたって、日本語墨字図書の構造に合わせた指針の一つとして、「録音(DAISY)資料製作に関する全国基準」を参照する人々も多いだろう1

全国基準には、点字図書館やライトハウスなどの伝統的な録音図書制作機関による規定と相容れない部分がある。しかし、比較的歴史の浅い音訳グループが、日本語の音声デイジー図書制作のために自分たちの規定を創設したり再考したりする際には、全国基準に従うことも選択肢の一つとなるだろう。

ただ全国基準の記述形式は一般的な工業規格の体裁を持たないので、技術文書としては冗長だったり曖昧だったりする部分が多い。 本稿では、定義 (lexicon, definition) 、必須 (MUST, REQUIRED, SHALL)、推奨 (SHOULD, RECOMMENDED)、 正当な理由がない限り不可 (SHOULD NOT, NOT RECOMMENDED)、禁止 (MUST NOT, SHALL NOT)、任意 (MAY, OPTIONAL) といった事項が全国基準に書かれていると期待して、読解する努力をしてみる2

定義

全国基準の第1章に「録音資料の定義」として「主に活字による原本があるもので […]」と書かれているが、「原本」という語が無定義で使われている。 全国基準の指す「原本」とは、墨字図書で言うと、どの部分を指すのだろうか?

全国基準の指す「原本」の範囲を示唆する文章は、第1章2-1に見つかる。

2-1 録音図書の形式についての基本的考え方
(1)原則、原本のすべてを音訳する。
(2)前アナウンス・終わりアナウンス以外の、いわゆる原本の音訳順序(形式)は、原則原本通りの順番とする。
(3)表紙・図表・写真等の文字以外の部分についても省略することなく音訳する。
   [...]

(1)の記述に「原則、」とあるので、「原本のすべてを音訳する」ことは推奨事項である。「音訳しなくてよいもの」については後述する。

また(2)の記述から、全国基準に従う録音資料のうち「前アナウンス・終わりアナウンス以外の」部分が、「原本のすべて」に対応する部分となっているはずである。

さらに(3)の記述から、表紙が原本の一部分とみなされていることも推測できる。

具体的にどの部分が原本に対応する部分であるかは、第1章2-4から推測できる。

2-4 録音図書の形式(例)
   [...]
(1)前アナウンス
   [...]
(2)録音図書(雑誌)凡例
   [...]
(3)表紙
   [...]
(4)標題紙(書名・著者名等)
書名、副書名、シリーズ名、著者、出版社、出版年等標題紙にあるものをそのまま読む。
   [...]
以下の項目(5)~(12)は原本記載順通りに録音する。
   [...]
(11)奥付 「奥付。・・・奥付終わり」
記載通りに録音する。
(12)終わりアナウンス

先程見た第1章2-1の記述に従えば、上記の(1)と(12)以外の部分、つまり(2)から(11)までが原本対応部分のはずであるが、第1章2-4における「(2)録音図書(雑誌)凡例」は明らかに原本に無い部分だから、この点で第1章2-1の記述と相容れない。また(4)の記述の後に「以下の項目(5)~(12)は原本記載順通りに録音する。」と書かれているが、「(12)終わりアナウンス」は明らかに原本に無い。これらの矛盾点は全国基準の記述ミスであろう。

適宜記述の修正を考慮して解釈すると、全国基準においては、録音図書の「(3)表紙」から「(11)奥付」までに対応する活字本の範囲が原本であると考えられる。

じつは、このような「原本」の範囲についての全国基準による認識は、伝統的な録音図書制作機関による認識とは異なっていることが、音訳の教科書3 4、団体が発行する会報などに書かれている仕様や5、制作されている録音資料の形式から推察できる。

音訳教科書や伝統的な録音図書制作機関の仕様では、表紙やカバーの録音をしない(3などの仕様では標題紙さえも録音しない)。また、原本奥付に「書名」「著者名」「ISBN」「定価」の記載がない場合でも、それらの情報を録音図書の「原本奥付」のセクションに挿入して読むように指示されている 53などでは定価情報の挿入のみ指示)。

このような行為が原本の著作権侵害とみなされていないことから推察できるのは、伝統的な録音図書制作にあたっては、表紙・カバー・(標題紙・)奥付が、忠実な音声化対象の範囲としての「原本」に含まれていないということだ。

伝統的な録音図書製作において、表紙・カバー・(標題紙・)奥付が、音声化対象の範囲としての「原本」に含まれていないとすれば、それらの内容を音声化しないのは当然である。さらに、表紙・カバー・(標題紙・)奥付を「原本についての情報源(原本のメタ情報)」として扱い、それらから得られる情報を集約することによって録音図書独自の「原本奥付」セクションを作り出すことは、それ自体が原本からの複製に相当しない以上、原本の同一性保持権侵害にはならないはずである。

このようにして作り出された「原本奥付」セクションは、セクションタイトルこそ「原本奥付」であるが、その実態は活字本の奥付の忠実な音声化ではなく、音声化に際して原本のメタ情報を集約したものであり、「この録音図書の原本について」とでも題すべきセクションである。問題があるとすれば、「原本奥付」というセクションタイトルによって、あたかも活字本の奥付内容が追加や削除なしに音声化されているかのような印象を利用者に与えるかもしれないという懸念だけである。

むしろ、伝統的録音図書の仕様においては、音声化対象の範囲としての「原本」部分の録音だけではメタ情報の一部が欠けるので、録音図書の中にメタ情報を含めるためには、表紙・カバー・標題紙・奥付からメタ情報をかき集めて作られるセクションが必要である。

これと違って全国基準では、表紙・カバー・標題紙・奥付は録音資料の原本の一部分とみなされているので、これらを含む原本全体を忠実に音声化することによって、活字本に表示されているメタ情報のすべてが必然的に録音図書にも含まれる。したがって、メタ情報を集約した「原本奥付」セクションを作り出す必要はない。それどころか、表紙・カバー・標題紙を読まなかったり、活字本の奥付に書かれていない定価などの情報を録音図書の奥付セクションに追加するような改変を加えたりすると、原本の著作権(同一性保持権)侵害にあたる可能性がある。

著作権保護の対象となるのは「創作性を有するもの」である。表紙・カバー・標題紙の内容・編集の仕方・デザインなどは創作性を有することがある。奥付の内容についても、現代では法律や規則による縛りがないので6、「その素材の選択又は配列によつて創作性を有するもの」である編集著作物となる可能性は払拭できない。極端な可能性として、例えば横書きの奥付に縦読みの暗号を仕込むことはあり得る。そこまで極端なことではなくても、出版編集者が奥付内容に何らかの工夫を施していれば、それは著作権保護の対象である。

小まとめ

全国基準における「原本」とは、表紙・カバー・標題紙・奥付を含む活字本の全体であり、録音図書製作にあたっては、そのすべてを忠実に音声化するのが推奨事項である。

伝統的な録音図書の仕様はこれと異なり、表紙・カバー・(標題紙・)奥付は、忠実な音声化対象の範囲としての「原本」に含まれず、「原本についての情報源」として扱われていることが推察される。

このように全国基準と伝統仕様とで、忠実な音声化対象の範囲としての「原本」の定義に違いがあるという解釈を前提にすれば、表紙・カバー・(標題紙・)奥付の扱いが大きく異なるのは当然である。

全国基準に従う場合には、表紙・カバー・標題紙を省略したり、奥付に改変を加えたりすることは、原本の同一性保持権侵害となる可能性がある。

録音図書の形式

第1章2-4には録音図書の形式についての説明と、その中で使われる文言の例が書かれている。この節では音訳者が録音すべき内容についての基準が書かれている。

順序

「以下の順序で音訳する」とあり、前アナウンス・録音図書凡例・表紙・標題紙まではこの順序に決まっている。それ以降は「原本記載順通りに録音する」とある。

この順序を変更する余地が書かれていないため、一見、録音順序に関する以上の規定が必須事項であるように見える。

しかし、全国基準の回答集の方では、 No.9 の雑誌の目次と本文の順番に関する回答として、原本通りの順番では利用者の利便性に問題が生じる場合には、「実際に行った編集や処理について、必ず「録音雑誌凡例」または「DAISY編集者注」で利用者に伝え」た上で、変更する余地があることがわかる。

ただし回答集 No.33 では「たとえば原本中前書きが目次の前にある場合はそのまま目次の前に入れてください。」とも言っているので、変更して良いのは利便性に問題が生じる場合に限られている。

したがって、原本対応部分のセクションの順番についての上記の基準は、必須事項ではなく、推奨事項である。

また、以下の「見返し」の節で説明するが、回答集の No.29 に従えば、原本の表紙と標題紙の間に音声化すべき情報が書かれている場合は、その部分の読みを表紙の項目の後に入れることになる。

つまり、全国基準の本文と回答集を合わせて解釈すれば、表紙や標題紙を含めた原本の全体について、「原本記載順通りに録音する」ことが推奨事項である。

読みの例

「カギカッコ」で囲まれている部分は読みの例であるから、カギカッコ内の表現は任意事項であり、ほかの表現にしても構わない。とはいっても、利用者の使いやすさに留意し、原本製作者の著作権を侵害しない範囲での任意事項と考えるべきだろう。

見返し

全国基準の本文には、表紙と標題紙の間の見返しなどに地図などの情報が入っている場合について書かれていない。 しかし、回答集の No.29 には 「見返しは「表紙」の項目には含まれません。表紙見返しを含めて原本の順序通りに書いてある内容をそのまま音訳してください。また、表紙見返しを含め、この「基準」に特に記述のないものは、「表紙見返し・・・表紙見返し終わり」といった項目名を読む必要もありません。」との記述がある。

このことから、以下のことが必須項目であると解釈できる。

  1. 原本の表紙と標題紙の間に音声化すべき情報があれば、それを読む。
  2. その部分は表紙の項目に含まれない。
  3. 「表紙見返し」などの項目名は付けない。
  4. 「表紙見返し終わり」も付けない。

この部分の録音は表紙の項目に含まれないが、もちろん標題紙の項目にも含まれないはずである。

デイジー編集については全国基準第2章2に書かれているが、見返しの扱いについては書かれていない。 しかし、上記の回答に従うなら、表紙と標題紙の間にその部分の独立したセクションを立てれば良い。 セクションタイトルとしては、原本対応部分に存在する他の項目と同様に、読み上げの第1フレーズをそのまま書けば良い。

音訳しなくてよいものの例

この節の末尾に「音訳しなくてもよいものの例」が挙げられている。「原則として原本にあるすべてを音訳するが、製作施設の判断により以下にあげるようなものは省略することができる。」とあるので、ここに挙げられた部分を省略することは任意事項である。任意であるから、もちろん省略せずに録音しても構わない。

それ以外に、回答集の No.30 によれば、著者紹介などの同じ文章が1冊の活字本の2箇所以上に載っている場合、片方を省略することは任意事項である。ただし省略する箇所で「音訳者注」を入れてその旨を断ることが必須事項となる。

編集基準

第2章2に編集基準がある。この節ではデイジー編集についての基準が書かれている。

作業用フォルダ

「準備」の項目に「作業用フォルダはCドライブかDドライブの直下に作るのが望ましい。」と書かれている。 したがって、WindowsのCまたはDドライブ直下に作業フォルダを作ることは推奨事項である。

この指示は Windows XP 時代のフォルダ構造の問題を避けるために作られたと考えられるが、現代のWindowsにおいてもこれを踏襲する奇妙さについては、別のページで解説したので参照されたい(PRS Pro のプロジェクトフォルダ作成場所7)。この推奨事項をどうしても遂行したいのであれば、Cドライブを避け、Dドライブ直下を利用するべきだろう。

音声フォーマット

「基本事項」の2に録音設定の規定があり、 PCM22.05kHz Mono とするのが必須事項である。 これは人の声の発音が聞き取れる程度の再現性を確保するための最低限のサンプリング周波数として妥当である。 詳しい説明は別のページに書いたので参照されたい(音質を考慮したDAISY製作8)。

書誌情報

「基本事項」の「5.書誌情報の入力」には、書誌情報としてDAISYデータの ncc.html のヘッダに入る文字列についての基準が書かれている。 PRS Pro などで編集する場合は書誌情報の入力フォームが用意されていて、そこに入力した文字列は、ビルドブックという操作によって自動的に ncc.html のヘッダに入る。

「ISBN、原本・DAISY発行年月日、識別名以外は全角で記入する」とあるので、原本のタイトルや著者名に半角英数記号が使われていても、それらを全角に直して入力するのが必須事項である。

人名については以下のことが必須事項である。

  1. 著者名や音訳者名が複数ある場合は、全角スペースで区切る。
  2. 著者が3人以上の場合は、2人目の後に全角スペースを入れて「ほか」とし、3人目以降を省略する。
  3. 音訳者名と校正者名の間や、DAISY編集者名とDAISY編集校正者名の間は、全角スラッシュで区切る。

校正者名やDAISY編集校正者名が複数ある場合の区切り文字については書かれていない。 しかし、上記の必須事項から類推すれば、同じ役割の人名の間は全角スペースで区切り、異なる役割の人名の間は全角スラッシュで区切ると解釈できる。 この解釈を反映させるなら、上記必須事項の1を以下のように言い換えられる。

  1. 著者名・音訳者名・校正者名・DAISY編集校正者名が複数ある場合は、全角スペースで区切る。

じつは、このように複数の人名を一つの欄に入れることは DAISY2.02 規格に反する9。 DAISY2.02 規格では、複数の人名を記入する必要があれば、欄を人数分増やすことが推奨事項である。この点で、 DAISY 2.02 規格と全国基準は相容れない。

セクションタイトル

「編集」の「E.「見出し」の入力」には、「「見出し」は、原本目次や本文の表記に準じ、英数記号も含めて全角で64文字までとする。」と書かれているので、原本の見出しの文字が半角であっても、それらを全角に直して記入することが必須事項である。

また、原本に見出しがないセクションについて、セクションタイトル欄に記入する文字列の参考例が挙げられている。これらは参考例に過ぎないので任意事項である。

WCAGのような現代的な国際基準を考慮するなら、各セクションの最初のフレーズとセクションタイトルの記述は一致していることが望ましい10。もちろん全国基準に従うだけならWCAGを考慮する必要はないが、参考例と違う文字列を記入しても全国基準に違反しない。

例えば、全国基準の参考例では、標題紙のセクションタイトルに「標題紙」と記入されるが、WCAGを考慮して、このセクションの最初のフレーズ(多くの場合はこの図書の書名)をセクションタイトル欄に記入しても全国基準に違反しない。

ページ付けの位置

「編集」の「G.ページ付け」の「3.ページ付けするフレーズ」に「ページの変わり目の直近のフレーズにページチェックを付ける。」とあり、一見必須事項のように見える。実際の作業でページの変わり目前後のフレーズの長さを正確に測定して、変わり目に近い方のフレーズにページをつけるのは、かなりの作業負担となりそうである。

しかし幸いなことに、回答集の No.54 に 「該当ページにページを付けるのが原則と思いますが、ページの先頭からかなり離れたフレーズでないとページが付けられない場合は、前のページから続いているフレーズに付ける場合もあります。」 と書かれていることを考慮すると、変わり目をまたぐフレーズにページをつけることはむしろ「正当な理由がない限り不可」と解釈するのが妥当のようである。

つまり、原則としてはページをめくって最初に始まるフレーズにページを付ける。しかしそのフレーズがページの変わり目から「かなり離れた」場合には、これを「正当な理由」として、変わり目をまたいでいるフレーズにページを付ける。

また、この回答にある「ページの先頭からかなり離れたフレーズでないとページが付けられない場合」についての判定基準は書かれていない。そのため判定基準として「ページの先頭から9999秒以上離れたフレーズでないとページが付けられない場合」のように十分長い判定基準を設ければ、その判定のために作業時間を費やす必要がなくなるだろう。

むしろ困るのは、ページの変わり目を含むフレーズで文章が終わってしまった場合である。この場合は原則どおりに「ページをめくって最初に始まるフレーズにページを付ける」ことができない。この場合こそ、変わり目をまたぐフレーズにページをつけるための「正当な理由」となりそうである。

  1. 「録音(DAISY)資料製作に関する全国基準」(2011年12月6日一部修正) 

  2. BCP 14 RFC 2119: Key words for use in RFCs to Indicate Requirement Levels, March 1997 

  3. 『音訳マニュアル: 視覚障害者用録音図書製作のために』全国視覚障害者情報提供施設協会, 2006.  2 3

  4. 『音訳・点訳のための読み調査ガイド: 視覚障害者サービスの向上にむけて』北川和彦, 2012, 日外アソシエーツ. 

  5. 『ろくおん通信」社会福祉法人 日本ライトハウス情報文化センター.  2

  6. 『奥付と検閲と著作権』浅岡邦雄 監修, 2012, 千代田図書館企画展示資料. 

  7. PRS Pro のプロジェクトフォルダ作成場所 - qfdaisy 

  8. 音質を考慮したDAISY製作 - qfdaisy より 4.2.3. デジタル化の仕様, サンプリング周波数と再現性の関係 

  9. DAISY 2.02 Specification. Note – When content data for <meta> elements has multiple entries (for example dc:creator in a book with several authors), the element should occur multiple times within the DTB <meta> element set. See Appendix A1.2. 

  10. Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.1