全国音訳ボランティアネットワーク 2018 シンポジウム 聴講報告

目次

1. 概要

2018年11月11日、日比谷図書文化館で、全国音訳ボランティアネットワーク 2018 シンポジウム「音訳者に未来はあるか?! 第2弾 〜あなた自身の問題です〜」があった。 聴衆は全国から集まり、約200人。 出演者は1人だけだったので、実質的にはシンポジウムではなく講演会となった。 また、「音訳者に未来はあるか?!」という題名は、講演の主題との関連が薄く、題名を付けた主催者の意気込みが空回りしている感がある。

講演題名
音訳者・音訳ボランティアに求められる技術と耳を育てる
講演者
佐藤聖一
プロフィール
埼玉県立久喜図書館 障害者サービス担当 司書主幹
日本図書館協会障害者サービス委員会委員長
明治大学文学部兼任講師
全国視覚障害者情報提供施設協会理事
著作 『1からわかる図書館の障害者サービス 誰もが使える図書館をめざして』 学文社 2015年3月

講演の前に「音訳に関するアンケート 集計結果報告」があった。 今回の集計の特徴として、 User Local 社のテキストマイニングツール を利用して、回答コメントを解析している。

2. 「音訳者・音訳ボランティアに求められる技術と耳を育てる」 講演内容

2.0. おまけ(重要)

本題に入る前に、著作権法に関するコメントがあった。

改正著作権法について

2018年5月に成立し、2019年1月1日に施行される 「著作権法の一部を改正する法律(平成30年法律第30号)」 と、 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)発効に伴って2018年12月30日に施行される 「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律(平成28年法律第108号)及び環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律の一部を改正する法律(平成30年法律第70号)」 に関連し、特に音訳にかかわる変更点として、以下のものがある。

利用できる人について

日本で作られた録音図書は、現状では サピエ国会図書館 を通して、日本中の人が利用できる。 改正法施行後は、 Accessible Books Consortium を通して、世界中の人が日本の録音図書を利用できるようになる。

提供できる人について

録音図書を、それを必要とする全ての利用者に提供できるものは、政令で定められている(第37条)が、現状の政令では図書館だけがそれに当てはまる。 改正法施行に伴って政令が改定されるはずで、図書館以外のものも公衆送信できるようになることが予定されている。具体的な条件として、以下の5つが予定されている。

  1. 法人であること。または、団体であって、団体名があり、2人以上のメンバーがいて、経済的管理ができていること。
  2. メンバーの中に、著作権について研修を受けたものがいて、その研修内容を全員で共有していること。
  3. 複製技術の研修を受けた実績があること。
  4. 利用者リストを持っていること。
  5. 上の条件をすべて満たし、公衆送信して良い団体の一覧に載ること。

上記のことを盛り込んだ政令案が間もなく発表され、パブリックコメントが募られることになっている1

「引用」について

サピエを利用する権利がある者は限られているが、一部を引用することは当然ある。 著作権法が定める引用の条件は、

実際この講演では、「耳を育てる」という論を展開するために、いろいろな録音図書を聞いて聴衆と一緒に評価していくという形を取るが、それは違法ではない。

2.1. 利用者にとって良い録音資料

利用者が気にしているのは、「正しい音訳」かどうかだけである。 「正しい音訳」とは

  1. 質が高い。 (文字をたどるだけなのは音訳ではない。)
  2. 1回聞いただけで内容がわかる。
  3. 聞いていて疲れない。

上の2であるものは全て3である。3でないものは2でもない。

読みのまとまりとしての勢いが必要である。文と文の間、意味のまとまりの間に、マを十分に取る。聞き手を意識すれば、自然にマがあく。

音の大きさが一定するようにする。

アクセントの間違いに気づくことは必要だが、意味のまとまりを意識した文全体のイントネーションはもっと大切。 アクセントに問題がある場合は、意味のまとまりを正しく取れていない可能性がある。

表紙・図表・写真などの説明を作って読むときも、音訳技術を使うことが大切である。

2.2. 音訳者に求められる技術

朗読法

朗読技術の9割は音訳技術と考えて良い。 朗読法と音訳法を区別する必要はない。 それを区別していたのは歴史上の過ちにすぎない。

読みの調査技術

調査にも技術が必要である。

音訳化処理の技術

図表・写真・地図等の処理の形式(読む順序)を決める。 グループで決まりが無いなら、 「全国基準」 に従う。

飾りとして付いている絵は「カット」であり、図ではないので説明しない。

本文と図表の関係を考慮して説明を作る。

カッコ・記号・同音異義語等の処理の必要性に気づく。

\(y = a x + q\)
「ワイイコールエイエックスプラスキュー」
「キュー」は数字かアルファベットか、大文字か小文字か。

「聞いてわかる」ために必要な情報に気づく。

読みで処理できるものはする。 例えば太字部分が多すぎるものは、いちいち「ふとじ」と言わずに、読みで処理する。

読みで処理できないものについては、説明で処理する。

音訳化処理の技術は、研修会などで鍛えることができる。

録音機器の操作技術

DR-1の方がパソコン録音よりも音質が良い2。 しかし、フレーズの頭に無音部分が付いてしまうのが最大の弱点である。

デイジー編集技術

「読み」に比べて、編集には大して時間がかからないので、「読み」ほどの人員を必要としない。 音訳にかかわる者全員が編集できるようにする必要はない。

音訳校正の技術

校正は、絶対に初心者にやらせてはいけない。 十分な音訳経験者がやるようにする。

校正者は音訳者をどうやって育てるか考える。 音訳者を持ち上げ、けなさずに、必要なことを指摘する。

2.3. 音訳の基本 その1 「意味のまとまりで読む」

意味を理解して、意味のまとまりをつなげて読む。

まとまりを読む前の息の準備がマとなる。 まとまりを一気に読むために息継ぎをするのであり、 息が続かないところで息継ぎをするのはだめ。

「息を盗む」というテクニックを使っても良い。 音程を下げずに次をつなげる。

句点「。」は意識するが、読点「、」にはとらわれない。 読点はいい加減なことが多いので、意味のまとまりをとるための参考にならない。

2.4. 音訳の基本 その2 「意味のまとまりごとに正しい日本語のイントネーション(音の高低)で読む」

文頭をどの程度立てるかは、文意によって違う。 その違いを上手にできる人は、朗読の域に達している。 何度も言うように、 朗読と音訳を区別する必要はない。

正しいイントネーションは、例文をたくさんやることによって鍛えられる。

まとまりで読むためには、発音・発声を鍛える必要がある。 切りすぎるとわかりにくくなる。

文末には、聞き手が納得するためのマが必要である。

意味のまとまり内でも、大切なところを強調する。 その方法は、 音を立てる・音を下げる・ゆっくり読む・前にマをあけるなど。

この話の後、研修会として、いくつかの文例を聴衆が一人ずつ順番に音訳し、講評を受けた。

2.5. 悪い音訳

たくさんの録音例を聞いて講評した。 聴衆も1件につき数人ずつ意見を述べた。

悪い例

「別のところで、声優・合成音声・音訳者が同じ文章を読んで録音したものを、皆で聴き比べるという会があり、音訳者の録音が一番聞きやすいというのが大方の意見だった」という話があった。 この話題だけは「音訳者に未来はあるか?!」というシンポジウムのタイトルとの接点があるように思われる。

国会図書館には同じ本の別の録音が何本もあることがある。 利用者からすれば、試しに少しずつ聴き比べて、一番良さそうなものを選べるという利点があるが、音訳者の人数は限られているのだから、効率よく別の本を割り振るシステムがあると良い。

デイジー編集がきちんとできていないものが国会図書館に収録されてしまっている。 編集のチェック機構がないのは問題である。

悪いところを直すには

自分のマでなく、作者のマで読む。

立ち上げの高さは、文意によって変化させる。

処理は経験者の方が上手だが、読み方は経験によって上達するものではない。 油断すると「楽読み」「癖読み」になる。 意識的に日々の訓練をする必要がある。 毎回、読みを始める前に、簡単な文で練習し、読み方を立て直すと良い。

時間が足りず、以下の項目についての話は無かったが、会場で配られたレジュメから抜粋する。

2.6. 耳を育てる

  1. 良い音訳、悪い音訳が聴いてわかる。
  2. 自分の音訳の欠点がわかる。

2.7. 良い音訳講師の条件

  1. 良い音訳がどういうものであるかがわかる。
  2. 自分でできる。
  3. 直せる。
    1. 受講生の読みをそのまま真似できる。
    2. どこが悪いのか、どこをどう直したらよいかを説明できる。
    3. 正しい読みをしてみせられる。

3. 質疑応答

今日の録音例の中に、口中音が気になるものがいくつかあった。 口中音はどの程度気にするべきか?
今回は会場の皆に聞こえるように音量を上げて再生したから、口中音が気になったのかもしれないが、利用者は普段そんな大音量で聞かないので、口中音を気にする必要はない。 再生機のスピーカーで再生して気にならない程度であれば、口中音があっても構わない。
DR-1の方がパソコン録音よりも音質が良いという話があった。 しかし、DR-1は生産終了しているし、 パソコン録音用の周辺機器でも、安くて性能の良い製品が数年前より格段に増えている。 今後、録音技術が変化していく中で、高音質を保つにはどうしたら良いか?
オープンリールからカセットテープへ、さらにデジタルテープへ、DR-1へ、パソコン録音へと、技術が進歩するにつれて、録音の音質が落ちてきた2。 しかし、音質は再生機の使い方によっても全然変わってくる。 録音の際にどうすれば音質が高い状態で録音できるか、具体的な方法はわからない。 それでも、利用者は長時間聞くので、なるべく良い音質で録音して欲しい。自分で聴いて確認しながら、試行錯誤して音質を改善していって欲しい。
読み方について「勢い」をつけて読むようにという話があった。 読み方の「勢い」とは具体的にどういうことか?
意味のまとまりをつなげて読むこと。 それは結果的に、普通に話すときの話し方となる。
方言は直すべきか?
方言と訛りは別のものである。方言で書いてある文を方言で読むのは正しい。 標準語のつもりで読んでいるが訛っていて、音訳者がそれに気付いていないなら、指摘する。 しかし訛りがあるかどうかよりも、文章全体のイントネーションが意味を正確に伝えているかどうかの方が大切である。

最後に著書の宣伝があった。
『1からわかる図書館の障害者サービス: 誰もが使える図書館を目指して』 佐藤聖一 (学文社、 2015)

  1. 実際、2018年11月17日から2018年12月9日まで、パブリックコメントが募集されている。
    【案件番号:185001015】 「著作権法施行令の一部を改正する政令(案)」及び「著作権法施行規則の一部を改正する省令(案)」に関する意見募集の実施について
    そこで与えられている情報のうち、
    「「著作権法施行令の一部を改正する政令(案)」及び「著作権法施行規則の一部を改正する省令(案)」の概要 (pdf)」
    には、「視覚障害者等のための複製又は公衆送信が認められる者」について、以下のように書かれている。

    (2)視覚障害者等のための複製又は公衆送信が認められる者(新法第37条第3項、新令第2条第1項第2号、新規則第2条の3及び第2条の4関係)

    ○ 新法第37条第3項では、「視覚障害者等の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるもの」が、視覚障害者等のための録音図書等を作成するため、著作物の複製又は公衆送信(インターネット送信のほかメール送信も含む。以下(2)において同じ。)を行うことができる旨、規定している。

    ○ 新令第2条では、「政令で定めるもの」として、新たに、視覚障害者等のために情報を提供する事業を行う法人(法人格を有しないボランティア団体等も含む。)で次に掲げる要件を満たすものを類型的に規定する(これにより、文化庁長官による個別指定を受けずとも、視覚障害者等のための複製又は公衆送信が可能となる)。

    ① 視覚障害者等のための複製又は公衆送信を的確かつ円滑に行うことができる技術的能力及び経理的基礎を有していること。
    ② 視覚障害者等のための複製又は公衆送信を適正に行うために必要な著作権法に関する知識を有する職員が置かれていること。
    ③ 情報を提供する視覚障害者等の名簿を作成していること(名簿を作成している第三者を通じて情報を提供する場合は、当該名簿を確認していること)。
    ④ 法人の名称並びに代表者の氏名及び連絡先その他文部科学省令で定める事項を文部科学省令で定めるところにより公表していること。

    ○ 新規則第2条の3では、上記④の「文部科学省令で定める事項」として、次に掲げるものを規定する。

    i)視覚障害者等のために情報を提供する事業の内容(複製又は公衆送信を行う著作物の種類及び当該複製又は公衆送信の態様を含む。)
    ii)上記①から③までに掲げる要件を満たしている旨

    ○ 新規則第2条の4では、上記④の「文部科学省令で定めるところ」として、文化庁長官が定めるウェブサイトへの掲載により行うことを規定する。

  2. 「音質」は主観的な評価によって決まるものであり、音質自体の客観的な測定方法が無い。 しかし、音質評価に影響を与える物理的性質はいくつかあり、それらは主観的な評価を推定するための客観的指標として利用されている。 DR-1の機械自体の特性を見ると、どの観点から見ても、 一般的なパソコン録音よりも高音質を保証するような物理的特性はない。 パソコン録音のほうが低音質であるように感じられるとすれば、機械の選択や使い方に問題があると考えられる。  2

  3. 合成音声は文法を解析しているが、意味を解析してはいないので、「意味のまとまり」を把握することはできない。 しかし、合成音声を操作する人間が意味を理解していれば、意味のまとまりが伝わるように合成音声の読み方を操作することができる。
    講演の中で聴いた録音に使われている合成音声は AI Talk の「すみれ」の声 であるように感じられた。 そうであれば、この音声は ChattyInfty3 に付属の機能制限されたものではなく、 AI社から直接購入したフルスペックの製品であると考えられる。 フルスペックの製品では、 単語の強調、末尾の下げ、長めのマなどを自由に調整できるので、その録音例では「すみれ」の機能を十分に使いこなしていなかったと考えられる。
    また、聴衆の意見として「話し方に癖がある」という声もあった。 これは、数ある音声の中から「すみれ」を選択したことに問題があったと考えられる。 AI社は「すみれ」について、 「大人っぽく艶やかな印象の声です。様々なシーンに応用可能です。」 と紹介している。 録音例の内容はアロマテラピーの実用書であったから、個性的な話し方をする「すみれ」よりも、汎用性の高い「のぞみ」や「せいじ」の方が適任だったかもしれない。